磨耗の伏兵(磨耗と思われる現象の中にかなりの頻度で現れます。)

磨耗の原因の一つに腐食があります。一般的に磨耗というと摩擦による、物質の減少化を意味するように考えられがちですが、例えば、硬い金属で柔らかい対象物を削っているにもかかわらず、磨耗が激しくなる現象を見ることも多いと思います。この様な状態のワークを引き上げて調査してみると、摩擦による磨耗よりもむしろ腐食による脆弱化、あるいは脱落による磨耗が多く、また問題なのは、それらの原因でおきる磨耗にはあまり、取りざたされることがなく原因不明のまま違う材質に移行されたり、硬度を上げる方向で治工具の設計自体を変更してしまうことが多いことです。これらは、使用される金属の特性や相性、あるいは現象の要因があらかじめ理解されていれば、殆どが防げるものです。無意味な時間と費用の浪費を避けるために一度、金属材料の腐食について触れてみたいと思います。
金属の腐食現象そのものは金属側から見れば、そのイオン化あるいは酸化反応で、ある面ではきわめて単純な反応です。しかし実用金属材料レベルでの材料側の各種の不均一性および、それがおかれている環境側の条件の多様性のゆえに結果として現れる腐食の現象はきわめて複雑となり、腐食形態も実に様々となります。腐食形態は均一腐食と不均一腐食、言いかえれば、全面腐食と局部腐食に大別できます。また腐食現象に影響する因子には材料側因子と環境側因子の双方があるので、腐食形態が均一になるか、不均一になるかは材料側、環境側またはこの双方が均一化、不均一かに依存するといえます。不均一性の例として材料側では格子欠陥、すべり面、結晶粒界、集合組織、偏析物、加工履歴、残留応力、などがあり、環境側では吸着層、拡散層、デポジット、腐食生成物、流動条件、温度差、マクロセルなどが挙げられます。


全面腐食
均一腐食または全面腐食は腐食の最も基本的な形態であるが、必ずしもどの面も全く同一の速度で溶解するわけではなく、"比較的均一な腐食面"を残すという程度のものも含まれる。実地環境中では使用される金属材料の多くは不動態金属であるので、これらが不動態化できず活性態で腐食するときに呈する腐食状態が代表的な全面腐食で最も事例が多い。 腐食が全面、均一に進むためには、金属の耐食性に比べて環境の腐食性が大幅に勝り、腐食速度が大きくなることが条件になる。これにより腐食生成物が金属表面にとどまれず溶液側に溶け去るのでその後の反応に無関係になり、また金属側の少々の不均一要因も腐食の全プロセスにほとんど影響しなくなるので腐食は均一、全面に進行する。希硫酸中の鉄など、強酸中の金属の活性態腐食が代表的である。 しかし全面腐食とはいえ腐食面が全く均一に鏡の面のように進むことはまれで、素地金属の結晶構造や組織の影響を受けてザラザラな面になったり梨地様の表面を残すことが多い。鏡面のような"均一"腐食は電解研磨のように溶出イオンの拡散が律速になるほどの大速度で溶解させ、素地金属の構温、組織、 形状などが全く影響しなくなるときにのみ現れる。 全面腐食は、腐食速度が時間に対しほぼ一定で推移するのでその予測は割合簡単で、短時間の侵漬腐食試験や電気化学的分極測定で腐食速度や耐食寿命を評価できる。 全面腐食に対する防食対策については、そもそも金属の耐食性が全く不足しているのが原因であるので材料選定を考え直すことが基本である。応急的にはインヒビターの添加や電気防食の適用などが考えられる。


異種金属接触腐食
自然腐食電位に差のある二種の金属を接触して使用すると腐食電位が卑な金属の腐食が促進され、貴な金属が逆に防食される現象をいう。ガルパニック腐食とも呼ばれる。ここで問題となる電位はあくまでも腐食電位(混成電位)であり金属のイオン化の可逆電位(平衡電位)ではないことに注意する。ステンレス鋼の塩化物局部腐食における活性態/不動態電池腐食などもこの機構の一種と考えられ、必ずしも金属の種類が異ならなくてもこの腐食促進機構は成り立つ。異種金属接触腐食により卑な金属の腐食が促進される状況をモデル分極曲線によって図2.1に示す。 このときの接触腐食電位は双方の金属の自然腐食電位の間のどこかに落ちつくが、この電位は関係するすべての電気化学系のアノード反応速度の総和とカソード反応速度の総和が等しくなる電位として決められる。すなわち複数の腐食系の複合混成電位ともいえる。 種々の金属について、そのイオン化の可逆電位を順序よく並べたシリーズを標準電気化学列(化学でいうイオン化傾向)というのに対し、一定の環境中での腐食電位のそれをガルバニック列と称する。海水中での種々の金属、合金のガルバニック列の例を図2.2)に示す。 この電位差はもちろん異種金属接触腐食に大きな影響を及ぼす因子であるが、これだけで腐食の程度が決まるわけではない。最も大きな要因は単独の自然電位から接触腐食電位まで分極されるときにどのような分極特性を示すかで、これを決める分極過電圧、溶液の電導度、面積比、距離などを総合的に考慮する必要がある。 異種金属接触腐食では、卑な金属の腐食が促進され貴な金属が防食されるのが一般的であるが、不動態金属では必ずしもこうならないことがある。チタンとチタンーパラジウム合金を接触させたとき、貴な電位を示すバラジウム合金の方の電位が下がって不安定不動態域に入り、純チタンと変わらない激しい腐食を示した例が報告されている。
異種金属接触腐食の防止
文字通り異種金属を接触させて使用しないことが基本で、やむをえないときは両者を電気的に絶縁する。しかし現実には材料の機域的性質、加工性などの制約から異種金属を混用せざるをえない例は多い。このような場合、分極特性をみて実害のない組み合わせを選ぶことはある程度可能で、一概にこれを排除することだけに神経を集中する必要はない。逆に異種金属接触腐食を積極的に利用する例として、犠牲陽極によるカソード防食がある。図2.1においてMlを鉄,M2をアルミニウム、亜鉛、マグネシウムなどの合金の犠牲陽極とすると、これらの犠牲的溶解によって鉄が防食される状況がよく理解できる。

孔食
自由表面上で大部分の表面が完全な不動態を保っているにもかかわらず、ごく限られた部分にだけピット状に腐食が進行する形態をいう。不動態型の多くの金属、合金に見られ、多くの場合塩素イオンなどの侵食性アニオンの存在下で生成する。孔食の全過程は皮膜破壊過程(発生過程)とその後の成長過程に明確に分けられる。ここではステンレス鋼の塩化物中での孔食に着目し、この両過程を見ていくことにする。
(1)孔食の発生と成長
自由表面から孔食が発生するには鋼をその臨界孔食電位(Vc)より貴に上昇させること、すなわち環境がある程度酸化性であることが必要である。孔食発生過程のアノード分極曲線の例を図2.3に示す。孔食電位よりも卑な電位域に皮膜破壊と修復に伴う電流の振動が見られ、孔食電位が皮膜そのものと塩素イオンの相互作用だけでない要因を含むことを示唆する。孔食電 位はすきまなどの幾何学的な障壁の助けを借りることなく、自由表面から自触媒作用溶解を起こすための障壁を作りだすために必要な最低の電位であると理解される。このように孔食電位は皮膜破壊過程に続く初期成長過程に関わる特性値なので、表面状態の多少の違いによって影響を受け変化する。このため多数の孔食電位の測定データは統計的にばらつく本質を有しているが、この値は孔食の発生の予測や耐孔食性の評価などにおいて実用上十分に役立つ情報を提供してくれる。 成長過程にある孔食系のモデル分極曲線を図2.4に示す。低pH,高Cl-濃度に変化したピット内部のアノード分極曲線と、周辺の正常な表面における酸化剤還元のカソード分極曲線から成り、一種のガルバニック腐食電池を形成して孔食が成長する。

(2)成長限界電位
孔食が活性に成長し続けるか否かは局部アノードでの腐食性成分の生成速度 と散逸速度の相対的関係で決まり、後者が前者より勝ると孔食は不活性化し停止する。腐食性成分は金属のアノード溶解により供給される金属イオンが基本で、その加水分解により生成するH
と、これらカチオンの蓄積に見合う分だけ外部より泳動してきて蓄積するCl-で代表され、その生成速度は孔食のアノード溶解速度そのもので決まる。(2.1)一方、散逸速度は極限的な幾何学形状を考え拡散がないとすると上式で生成した水素イオンのカソード還元反応速度で決まる。(2.2)これらは不可逆的な水素電極反応を構成し、その混成電位が成長限界電位に相当する。これを分極曲線の形で図2.5に示す。 局部アノードにおける溶解電流およびアノード液の腐食性を代表するpHと電位との関係を 図2.6に示す。ここで、@アノード溶解電流が増すと金属イオン濃度が増し、その加水分解によりH+が増してpHが低下する。ApHの低下は局部アノード表面に生成すべき皮膜の溶解度を上げ、溶解電流を増大させる。@とAの循環サイクルが自触媒作用の本質で、共存するCl-は金属イオンの錯化剤となって皮膜形成を防げ、またHの活量を上げて、この自触媒サイクルを側面より助長する。BとCが(2.1)式および(2.2)式の分極特性で、電位の上昇はHを増やしpHを低下させ、逆に電位の低下はH+を減らしpHを上昇させる。この結果、電位は@とAの自触媒サイクルに決定的な影響を与える。自触媒サイクルが収束するか発散するかの境界を決める電位が成長限界電位である。成長限界電位より卑な電位域ではHの供給よりも還元による減少速度が勝り、PHが上昇して局部アノードは再不動態化し局部腐食は停止する。 成長限界電位が孔食、すきま腐食など局部アノードの閉塞の程度、すなわち幾何学的条件によって変化するのは次のような理由による。すなわち、孔食の幾何学的条件はすきま腐食に比べて緩いので、ピットアノードが活性を維持するためにはすきま腐食よりも大速度での金属イオンの補給(アノード溶解)を必要とする。このためいったん成長を開始したピットは成長が速く、逆にこれを停止させようとするときは少ないカソード分極ですむ。このため孔食の成長限界電位は同じ材料の同じ環境におけるすきま腐食のそれより必ず高くなる。

(3)孔食の防止
孔食の防止には次のような対策がとられる。
@耐孔食鋼の選定:孔食電位を高めた高クロムの皮膜強化型は鋼表面が常に清浄なときのみ有効である。異物などが沈着し、すきま腐食的に孔食が発生すると思わぬ被害を受けることがあるので注意する。Moをあわせて強化した型が安定性が大きい。
A環境の酸化性の低減:孔食電位以下、できれば孔食の成長限界電位以下になるように酸化性を低減化できればきわめて効果的である。溶存酸素が酸化剤になっている系では脱気するだけで孔食を防止できることが多い。積極的にカソード防食を適用し電位を下げられれば根本的に孔食を防止できる。


すきま腐食
金属の表面に金属あるいは非金属の異物などが存在することにより,物質の移動が妨げられて生ずる異常腐食をいう。ボルト締め部などに典型的に見られる構造的すきま腐食、フランジ部のガスケット腐食、スケールや生物の付着部下のデポジット腐食、塗膜下の糸状腐食、錆こぶ腐食、水線腐食などもすきま腐食に含まれる。ここではステンレス鋼の塩化物環境中でのすきま腐食について考察する。 ステンレス鋼のすきま腐食の特徴は、@すきまの内部のみが活性に溶解し続け、外部は不動態を保つ。Aすきま内部の溶液は外部よりも低pH、高Cl-濃度に変化し、腐食性が増加する。Bすきま内外の溶液の交換が行われ難く、溶出した金属イオンに見合う塩素イオンの濃縮とこれらの加水分解により、すきま内部の液性がますます悪化する、すなわち自触媒作用的に腐食を続ける。このように基本的な成長機構は前項で述べた孔食の場合と同じである。 すきま腐食発生の過程をモデル的に図2.7に示す。すきま内部は最初、沖合いと同じNaCl溶液で満たされている。不動態皮膜はすきま腐食開始前でも常に保持電流左の分だけは溶解しているので、これにより金属イオンMn+が供給される。左に相当する電流はすきま内外間ではイオンの移動により担われ、これにより泳動電流imigが発生する。この泳動電流はカチオンが外へ出る泳動とアニオンが中へ入る泳動により、それぞれの輸率に応じて分担されるので、Na
とCl-に分担された分だけMnがアノード室内に残って蓄積され、濃厚なMCln溶液が形成される。この濃厚塩化物は加水分解してHを生成しpHを低下させるので左がだんだん増大し、ついには活性態状態へ変化して、すきま腐食は成長過程へ入る。 このようにすきま腐食では対流による物質移動がないので、その発生と成長の限界条件が同じになり、発生/成長の限界電位は鋼の脱不動態pHに相当する水素イオン濃度の水素電極電位に一致する。すきま腐食の発生には特別の酸化性を必要としないので多くの実地環境中で容易に起こりやすく実用上は最も重要な局部腐食といえる。 すきま腐食の発生のしやすさには、環境因子としての幾何学的条件が重要な影響を及ぼす。腐食の見地からみた"すきま"の過酷さは基本的には、@対流による液の移動がない、すなわちすきま内の液は静止している。Aイオンの移動に関し選択透過性がある(カチオンを制止し、アニオンを選択的に通す)。の順に厳しくなる。腐食に関係して自然界には錆そのものやガスケットに使われるアスベストなど、アニオン選択透過性を有する多孔質の物質がかなりあり、これらがすきま腐食を促進している例は多い。

すきま腐食の防止
次のような方法が効果的である。
@脱不動態pHの低い耐食性の高い材料を選定する。しかし高Crの皮膜強化型のみに頼ると、これが破られたときの溶解性が大きく、思わぬ腐食を受けることがあるので、下地の溶解性をおさえるMoとのバランスに配慮する。
Aすきまの状態および 継続時間を緩和させる。重ね合わせ構造を極力避け、やむをえないときは腐食の発生前にすきまを開放し洗浄する。


応力腐食割れ
合金系金属が許容応力内の静的な引張応力を受けた状態で特定の腐食環境中にさらされるとき、割れを生ずる現象を応力腐食割れ(SCC)という。SCCの特徴としては,@特定の材料と環境の組み合わせで起こる。A割れ部以外は正常な表面を保つ。B割れは特定のすべり面に沿って進展する。C貫粒割れと粒界割れがある。D破面に特有の模様が現れる(とくに貫粒割れの場合の扇形模様)。E割れが発生しなくなる限界応力が存在する。F発生過程と伝播過程に分けられる。Gカソード防食で防止できる。などが挙げられる。 応力腐食割れとしては、古くから黄銅の時季割れ(アンモニアによるSCC)が知られていたが、近年とくに大きな問題となっているオーステナイトステンレス鋼の塩化物中でのSCCを中心にして、主として腐食の面からその現象を考察する。 濃厚MgCl
2中でのSUS316L網の割れ過程の電位変化を図2.8に、割れアノードをカソードから分離した試料を使って得た割れの溶解電流の変化を図 2.9に示す。割れが発生するために発生の限界電位を超える電位上昇が必要なこと、割れが伝播過程に入ると溶解電流のために電位が低下することがわかる。このような濃厚MgCl2中のSCCは孔食、すきま腐食など他の局部腐食を伴わず皮膜破壊から直接割れ伝播に入るが、通常よく見られる低濃度塩化物中では孔食などの局部腐食が先に起こり、局部濃縮による濃厚塩化物の生成と切欠き形成による応力集中が先行してSCCに至るのが普通である。このため実地ではppmオーダーのきわめて薄い塩化物でもSCCが発生し問題となる。熱交 換器冷却水中のCl-濃度、温度と応力腐食割れ発生事例分布の関係を図2.10に示す。

ステンレス鋼の塩化物SCCの防止
次のような方法がとられる。
@耐SCC材の選定:MgCl
2型SCCには高Niタイプが強いが、孔食型にはむしろ最初の食孔の発生を防ぐ高Moタイプが有効である。
Aカソード防食の適用:カソード防食による電位低下が効果的である。


腐食疲労
大気中におかれた金属材料に繰り返し応力が加えられると、負荷応力と繰り返し数に依存して機機的な疲労割れを生ずることはよく知られている。これと同様に、腐食性環境中で繰り返し応力が負荷されると、この疲労割れが一層加速され、疲労強度が著しく低下する。さらに、大気中での疲労現象で見られる割れ限界応力(これ以下の応力ではいくら繰り返し数をかけても割れない)が観測されなくなり、きわめて低い応力レベルでも破壊に至る。このような腐食環境中で起こる腐食と疲労が重畳された破壊現象を腐食疲労と称する。 腐食疲労では繰り返し応力によるすべりによって生成する活性な新生面がアノードとなり、周辺のカソードとの間で形成される局部電池作用によってアノード溶解が促進される。この溶解機構はすきま腐食など他の局部腐食と共通であり、基本的には応力の影響を受けなくても進行する。さらに一たん割れが発生すると割れ先端へ負荷応力が集中するので、この両者が相まって割れ限界応力が極限まで低下することになる。疲労割れでは割れ破面に特有の縞模様(ストライエーション)が観測されるが、腐食疲労では腐食溶解によりこれが不明瞭になることがある。また、環境条件によっては割れ亀裂内に滞留する腐食生成物による、くさび効果によって次段階の割れが一層促進される。
腐食疲労の防止
次の手段が有効である。
@割れ発生時間を遅らせる、高強度材を選定する、熱処理(表面に圧縮応力を残留させる高周波焼入れなど)や表面処理(窒化、めっきなど)により材料表面の強度を高める、切欠き形状を排し応力集中を避ける。などが効果的である。
A割れ発生後の腐食過程を防止、抑制する、カソード防食の適用、インヒビターの添加などにより、腐食を抑制すれば大気中の疲労現象と同程度まで回復できる。ただしカソード防食では過防食による水素脆化に注意する。


粒界腐食
実用金属はすべて多結晶構造をしているが、この結晶の粒内がほとんど腐食しない環境条件にもかかわらず粒界が選択的に腐食し結晶粒がバラバラになる腐食をいう。一般的に結晶の粒界は凝固およびその後の熱履歴の過程における不純物の偏析やそれに伴う反応によって粒内に比べ耐食性が劣ることが多い。 たまたま両者の耐食性の差が明確に出る腐食条件にさらされると粒界が選択的に腐食されることになる。腐食条件がこれよりきびしければ全面腐食となるし、マイルドならば完全耐食を示すので、いずれの場合も粒界腐食が顕在化することはない。粒界腐食はきわめて金属組織依存性の強い腐食であるため、ともすれば金属側因子にのみ注意が行きがちであるが、環境側からみれば腐食条件が粒界にのみ腐食を生じさせ粒内は腐食させないちょうどよい条件にあるために生ずる腐食なので、ある意味では環境因子依存性の強い腐食であるともいえる。粒界腐食は主としてステンレス鋼、アルミニウム合金、銅合金などの合金系に生ずるが、オーステナイトステンレス鋼に見られるものが最も重要であるので、これについて考察する。304,316などのオーステナイトステンレス鋼は650℃前後の温度にさらされると含有するCがクロムを中心とする炭化物M23C6を生成し結晶粒界に析出する。この結果、粒界近傍にクロム欠乏層が生じ結晶粒界の耐食性が劣化する。このような熱処理条件を鋭敏化と称し、溶接時に溶着金属に隣接する熱影響部に頼著に現れる。クロム欠乏部のアノード分極曲線を正常組織との対比のもとに図2.11に模式的に示す。不安定不動態域から不動態域にかけて、正常なステンレス鋼が 最もすぐれた耐食性を示す領域で、粒界に相当するクロム欠乏郡の腐食が粒内の正常組織に比べて著しく大きくなることがわかる。粒界腐食感受性は硫酸-硫 酸銅試験、硫酸-硫酸第二鉄試験、65%硝酸試験などによって評価されるが、これらはいずれもこの電位域で試験されている。

粒界腐食の防止法
@低Cステンレス綱を使い炭化物を生成させない。
ATi,Nb入りの安定化型を使用し、Cをこれらに優先的に結合させ粒内に均一に分散させてクロム炭化物の生成を阻止する。
B1,050℃付近の高温から急冷する溶体化熱処理によりCを粒内に固溶化させ粒界への析出を防ぐなど。主として材料側からの対策が実施される。


脱成分腐食
合金系から特定の成分だけが腐食され(されたように見え)、残りの成分が機械的にもろい層に変化する腐食形態をいう。鋼合金系に多く、黄銅の脱亜鉛腐食が最も有名であるが、他に実用材料の中ではねずみ鋳鉄の黒鉛化腐食がよく経験される。またTi-Pd合金の表面Pd濃度はマトリックスに比べ濃縮されており、耐食能力の向上に一役買っているが、これも一種の脱成分腐食の応用である。
(1)脱亜鉛腐食
海水あるいは淡水を使用する黄銅製の冷却管に多く見られ、銅を主とした多孔質のもろい脱亜鉛層を残す。亜鉛が選択的に溶出するとする説と、いったん溶解した黄銅から銅のみが再析出するとする説があるが、後者の方が有力である。この場合Cuの析出反応が腐食のカソード反応ともなるので、腐食はますます促進される。脱亜鉛層が均一な厚さに残る層状脱亜鉛と不均一にプラグ状に残る栓状脱亜鉛があるが、前者は全面腐食の結果に、後者は孔食など局部腐食の結果に対応する。
脱亜鉛腐食の防止
結局のところ黄銅そのものの腐食を防止することにつきる。亜鉛含有量の低下(15%以下)、Snの添加などが有効である。さらにCu−Ni系(キュプロニッケル)への材質変更などがとられる。
(2)黒鉛化腐食
ねずみ鋳鉄では含有されるCが多く、マトリックス中に黒鉛の網目構造をとって分布する。これが比較的ゆっくりした速度で腐食されると表面に黒鉛層を残し、一見鋳鉄が黒鉛に変化したような様相を呈する。冷却水を送るポンプなどによく見られる。黒鉛層が形成されると腐食のカソード反応の場としてきわめて効果的に作用し、その後の腐食を促進する。この機構は前述の脱亜鉛腐食とも相通じるものがある。Cが黒鉛の網目構造を作っていない白心可鍛鋳鉄などでは黒鉛化腐食は発生しない。


エロージョンコロージョン
高流速液体の流動による異常腐食、固体または液体の衝突、衝撃による腐食、気泡の崩壊による衝撃腐食、固体粒子含有流体による摩耗腐食など、機械的摩擦、摩耗、摺動、衝撃により著しく促進された腐食現象を総称していう。現象 形態、発生場所などの違いから液滴エロージョン、スラリーエロージョン、乱流腐食、吸込口腐食、擦過腐食、衝撃腐食、キャビテーションエロージョンなど、さまざまな名称をつけられた損傷が存在する。これらはきわめて機械的損傷に近い(腐食の要因が少ない)ものからきわめて腐食そのものに近い(機械的損傷の度合が少ない)ものまで広く分布する。 耐摩耗性のような機械的性質はほとんど材料と相手側の硬さの差によって決まると考えてよい。したがって腐食の影響が少なく機械的摩耗の因子が支配的な系では、できるだけ相手側より硬い材料を選定することが基本となる。この原則は腐食の影響が強まった条件でも共通で、もし耐食性と硬さをあわせ持った材料が見つかれば最も具合がよい。炭素鋼の濃硫酸による不動態皮膜は静的な条件では耐食性がすぐれ、実用材料として十分な能力を発揮する。しかし硫酸が流動状態になるとその流速に応じてエロージョンを起こし、高流速では寿命が極端に短くなる。図2.12に配 管内の流速と寿命の関係を示す。このような比較的柔らかい皮膜の損傷は希硫酸中での鉛の不動態にも生じ同様のエロージョンの事例が知られている。一方、Tiの不動態皮膜は比較的硬く、通常、銅合金に衝撃腐食を生じるような冷却器に使用しても十分な性能を示す。しかしこれらはあくまでも相対的なもので、相手側がこれを上回って硬くなればやはり同様にエロージョンを受ける。図2.13に石膏スラリーによりTi製ポンプに生じたスラリーエロージョンの例を示す。一般に、皮膜型の材料は腐食に対してはよい性能を発揮し、すぐれた耐食性を示しても、機械的摩耗の影響を受けるエロージョンになると急激に侵食される例が多い。

エロージョンコロージョンの防止
下地の耐摩耗性、耐食性を含めた総合的な耐エロージョン性をもとに適正材料を選定することが重要である。


水素脆化
炭素鋼、高張力鋼などが特定の環境中で水素を吸収し脆化や割れを生ずることをいう。これらは腐食などの表面反応で生成した原子状水素が鋼中に拡散して格子欠陥部付近へと集積、吸着し、化学反応などのプロセスを経て脆化、膨れ、割れなどを生じさせると考えられる。古くはボイラーの、か性脆化が有名であるが、近年、高張力鋼の発達とともに硫化水素応力割れや遅れ破壊などの損傷が大きな問題となってきた。 水素脆化割れは鋼中への水素チャージによって促進されるので、次のような因子は促進要因となる。@カソード分極:オーステナイトステンレス綱の場合とは逆にカソード分極が割れを促進する。A水素発生反応の触媒毒:硫黄、ひ素など、水素原子の再結合を妨げ、鋼中への侵入を促進する。B高圧加圧:鋼表面での水素ガスの発生、散逸を妨げ、鋼中への侵入を促進する。 割れ防止対策としては、@応力レベルを下げる。A触媒毒物質を除く。Bインヒビター添加などにより腐食速度を下げる。C感受性の低い材料に転換する。Dコーティングなどにより環境から遮断する。などがとられる。 水素脆化は水素との親和力の大きい他の金属でも生ずる。水素脆化を生じたチタンに見られる水素化物の金属組織を正常な組織との対比のもとに図214に示す。この事例は有機酸(pH3)200℃の条件で発生し、5年の使用で数千ppmの水素を吸い込んでいた。

微生物腐食
細菌、かび、酵母などの微生物が関与する腐食を称するが、広義には藻類や原生動物などの生物の作用までを含めていう場合が多い。微生物を含む生物はすべて酸化還元作用を営んでおり、金属の腐食に関連する酸化還元系と重なる場合が多いので、微生物の生息が腐食に関わる例はかなり多い。この作用は、@微生物の代謝過程あるいは代謝産物が腐食のアノード反応あるいはカソード反応に関与しこれを促進する。A生物体およびその代謝産物がスライムとなって腐食の幾何学的因子に関与する。などの機構によるもので、微生物が直接金属を腐食するわけではない。多くの場合@とAは同時に起こり、微生物腐食と通常の電気化学腐食が相互に関連しあって全腐食を構成する。 微生物腐食は硫酸塩還元菌、硫黄細菌、鉄細菌、鉄酸化細菌、および自然海水中の好気性細菌などによるものが重要である。硫酸塩還元薗は自然水中に普 遍的に生息する嫌気性菌で、硫酸塩を還元してエネルギーを得ており、代謝産物として硫化水素を生成して金属を腐食させる。冷却水ラインなどにおける錆こぶ腐食に大なり小なり関与していると考えてよい。 海水中のステンレス鋼の自然腐食電位が著しく上昇し、孔食やすきま腐食が促進される現象は古くから知られていたが、これが好気性細菌の代謝中間産物である過酸化水素の酸化作用によることが明らかにされた。


高温腐食
広義には高温で起こる酸化、硫化、侵炭、窒化、水素侵食、さらには溶融塩腐食、酸露点腐食などを総称して高温腐食と称されるが、ここではいわゆる乾食の範疇に入る前者について考察する。
(1)酸化
金属が高温で酸素に接すると温度、酸素分圧、酸化物生成の自由エネルギーの大きさなど、それぞれの熱力学的特性に応じて酸化され酸化物に変化する。 この反応は湿食と同じように電気化学的な反応によって起こり、酸化物層を通してのイオン電導性および電子電導性の兼ね合いでいろいろな速度論的機構が出現する。通常、生成した酸化物皮膜が保護性を有するとき、これを通して反応に関与する金属イオンおよび酸素の移動が妨げられるので、酸化重量増量すなわち腐食量は時間とともに低下してくる。酸化皮膜の密着性がよく緻密な耐酸化皮膜を形成する場合、腐食量が時間の平方根に比例する、いわゆる放物線則が成り立つことが多い。皮膜に保護性がなく生成する、酸化物が次々と剥離、脱落するような場合は腐食量が時間に比例し直線的に増大する(直線則)ようになる。Cr,Al,Siなど酸素との親和カが強い元素は良好な耐酸化皮膜を作るので、多くの耐酸化合金の主要な構成成分として利用される。
(2)硫化
金属が高温で硫黄を含む燃料の燃焼ガスや脱硫プロセスガスに接すると硫化 腐食を受ける。硫化反応は酸化反応と似ているが、一般に硫化物は酸化物に比べ融点が低い、イオンなどの拡散速度が大きい、緻密性、密着性が劣るなどから耐食性が劣り腐食しやすい。とくに酸素分圧の低い環境中で硫化の影響を受けやすく、高温の硫化水素ガスを取り扱う脱硫プロセスで問題となる。鉄合金ではAl,Si,Crなどの添加が耐硫化腐食性の向上に効果的である。
(3)浸炭
高温の一酸化炭素やメタンにより表面に炭化物が生成し、これが内部に拡散し浸炭が起こる。炭素はクロムと結合しやすく粒界にクロム炭化物を生成して有効クロム濃度を低下させ、酸化や硫化反応を促進させる。
(4)窒化
高温の窒素により窒化が起こり、窒化クロムなどを生成して合金の耐食性を劣化させる。とくに窒化アルミニウムを生成しやすく、Alにより耐高温腐食性を付与している合金の耐食性を損ないやすい。
(5)水素侵食
高温の水素により鋼中のセメンタイトが分解され、メタンを生成して膨れなどの損傷を発生させる。アンモニア合成反応塔や水素添加工程など、高温高圧の水素ガスを扱うプロセスで問題となる。炭素網に対するCrおよびMoの添加が効果的で、各種Cr−Mo鋼が使用される。水素分圧と温度をパラメータにして各種Cr−Mo鋼の使用可能限界をチャート化して示したNelson図が知られている。


引用文歓
ASTM G82−93より抜粋.
斎藤、吉岡、北村:金属表面技術、24、433(1973).
JIS G 0577−1981解説.
吉井、久松:日本金属学会誌35,151(1971).
柴田、竹山:防食技術、26,25(1968).
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